湯木のじん 『青山月子です!』(ネタバレ)


 『青山月子です!』を最初に読んだのは「別冊マーガレット sister」2014年夏号の読み切りだった。


 『藤代さん系。』の連載が終わって数ヵ月空いてただけに巻頭カラーで80ページの読み切りはすごく嬉しかった。


 「別マ」本誌で連載中の『アオハライド』のアニメ化特集ということで、表紙は『アオハライド』が大きく出ていて、『俺物語!』が作品の評価と売れ行きとがすごくいいアルコ先生の読み切りも載る中で、巻頭が湯木のじん先生の『青山月子です!』だったから、湯木先生のファンとしては余計嬉しかったかもしれない。



記憶喪失女子×ほっとけない男子が

織り成す物語。

事故で記憶喪失となった「青山月子」は

以前の性格のように振舞おうとするが空回りの連続。

転校してきた加賀美くんに対して月子は興味を示したようで…!?


(『青山月子です』1巻の内容紹介より)



 読み切りを最初に読んだ感想は、記憶喪失の少女が主人公ということもあったせいか、よくわからないけど切なくて涙が出た。


 『藤代さん系。』の主人公の藤代さんの、「真面目で一生懸命けど報われない子」というコンセプトを引き継いでるけれども、『藤代さん系。』の全体的なハッピー・エンド感があったのに対して、『青山月子です!』は主人公の月子が記憶喪失のところから始まって記憶が戻らないまま終わる。


どっちの作品も男の子とはくっつくけど、「自分の記憶」という何ものにも代えられないものを失ったまま終わることの喪失感は大きくて、ハッピー・エンドからは少し遠いような気がした。


 それでも現実のあらゆることと比較すれば、「別マ」の中では少しビターさがアクセントになってると思えばいいのかなぐらいに最初は思った。


 その感想が変わったのは数日経って読み返した時だった。月子が記憶喪失になったのが高校1年になってからで、それまでは明るい性格で、はじけるような笑顔。趣味は友達と騒ぐこと。中学ではバスケ部で、家族とも仲良し。そんなことが事故に遭って長い間眠っている時にすべて過去になったという過程を改めて読んでからのこと。



 自分の周囲が新しい環境になった時に、適応できる人もいれば適応できない人もいて、中には適応してるように見えて内側でものすごいストレスを溜め込んでいく人もいる。


 そうゆうことを考えた時に記憶喪失っていうものがただの象徴でしかなくて、以前の環境の自分と同じ自分を振る舞おうと思っても、そこで生じるズレみたいなものはきっと多くの人にもあるわけで、勉強でも恋愛でも部活でも以前と同じようにがんばっても以前と同じように報われるとは限らないわけで。


 以前と違う環境では以前と同じようにがんばっても以前と同じ自分や同じ生活があるとは限らないっていう話だと思えたら、この話が記憶喪失の女の子の話という以上に普遍性のある話に感じるようになって、初めて読んだ時よりも読み返した時のほうがこの作品を理解できたような気がして嬉しかったのと同時にこみあげてくる切なさは大きくなったかもしれない。



 2014年の夏に読み切りとして発表された『青山月子です!』が連載としてスタートしたのは同年11月号からで、完全新作じゃないけれども湯木のじん先生の漫画が連載で毎月読めることが単純に嬉しかった。

 

 そんな中、ある日文化放送の超!A&G 「岩﨑千明の本気!アニラブ」を見ていたら、乙一さんの小説『暗黒童話』が紹介されてて、その内容に驚いてしまった。

 

 女子高生の女の子が突然事故に遭って片眼と記憶を失い、以前の自分と同じように振る舞おうとするものの上手くいかない。失った片目は移植するものの、その移植された眼球がいろいろな映像を脳裏に再生し始めると、それは以前の眼球のもち主の見ていたもので、そのもち主の身に起きた事件がなんだったのかを求めて旅立つと、その女子高生の女の子もまた事件に巻き込まれていくという、ホラーでありミステリーであるというストーリーを説明されて、すぐに思い出したのがこの『青山月子です!』だったこともあって『暗黒童話』に飛びついた。

 

 女の子が事故によって記憶喪失になって、以前の自分と同じように振る舞おうとするけれども上手くいかないということだけじゃなくて、以前の友達が変わった自分に失望して遠ざかり、母親からも変わってしまったことで冷たく当たられるというところが同じだったりして、『青山月子です!』は『暗黒童話』をベースにしてるんじゃないかという気が強くなってきた。


 

 話は少し脇にそらすと『暗黒童話を』読んでてCrystal Kayのデビュー曲"Eternal Memories"のメロディが急に頭の中に流れてきたので、これが『暗黒童話』と『青山月子です!』の自分のテーマ曲(エンディング)のような感じになってしまった。


 この曲を聴くと、自分が忘れてしまったことでも、自分の体のどこかに生きてきたすべてが残ってると信じられるような気がする。それがどんなに切ないことであっても。

 


きっと 誰でも

こころの どこか

過ごした すべて

憶えてる


空にとぶ雲

草にふく風

花にふる雨

忘れてた


思い出すわママと 小さな喧嘩した

顔も見たくなくて 抱きしめてほしくて

膝を抱え眠る 明かりつけない部屋

耳を澄ましながら 鍵をかけながら


思い出はそれでも 私を生かしてる

謎は解けないけど まだ見えないけど

生きていく哀しみは 優しさを奪って

言葉さえ とがって ほんと言えなくて


(Crystal Kay "Eternal Memories"より歌詞を編集して抜粋)



以前「別マ」で巻末のほうに「わたしの履歴書」というコーナーがあって、別マ作家陣のいろいろな経歴を教えてくれるコーナーがあって、湯木のじん先生の時は確か本について書いてたような気がしたので、探ってみたら見事に発見できた。



 高1のところのいちばん下の部分に「乙一の本はほぼ全部読んだ」とあって、『暗黒童話』は『Zoo』よりも前に出ている作品なので、多分間違く読んでるんじゃないかという確信がもてた気がする。


 ネットで検索するといろいろな人が『青山月子です!』についての感想を書いてるけれど、そのインスピレーションがどこにあるのかについて乙一作品についてふれてるものを見かけたことはなかったし、単行本にも書かれていないことだけど、推測としてはそんなに間違ってないんじゃないかと思う。



 連載では読み切りでは登場しなかった人物も登場してラブコメ度が増す一方で、読み切りの時にはえがかれることがなかった母親との関係にまで踏み込むものの、1年の連載で終わってしまった。


 もう少し長く読みたかったような、また新しい作品が読めるのが嬉しいような。でもまた連載で読めるとは限らないからやっぱり寂しいような複雑な感じで最終話を読み終えた。


(2015年9月19日 土曜日)